機能停止 エンドレス

人は二度死ぬという まず自己の死そしてのち 友人に忘れ去られることの死

それなら永遠に
ぼくには二度めの死はないのだ(彼は死んでもぼくを忘れまい)
そうして
ぼくはずっと生きている
彼の目の上に

- トーマ・ヴェルナー (via トーマの心臓 - 萩尾望都)

ある人の呟きのことを思い返してた。
『亡くなった人のことを想っている、夢の中でいいからその人に会いたい』
泣いたその人を見送ったことがいちばんの心残りなんだそうだ。
続きの呟きには『ごめんなさい』がたくさん並んでた。

喉が痛くなりながら、わたしは『その人』のことがうらやましかった。
済んだことはどうしようもない、けど、忘れずにいてくれて想ってくれるのは嬉しい。
わたしがその人だったら、想ってくれてありがとう、て言う。

わたしは泣かなかった。
涙を出さなくなるだけじゃなくていろいろ麻痺する、機能停止する。
身体は機械的に動かして日常業務を淡々とこなしてたけど、
思考感情は止まってたな、気持ちが鼓動しなくなった。
自分に起きたことなのに他人事みたいに遠い。

泣いたらよかったのかな。
「あ、泣く」と自覚した瞬間にたぶんスイッチが入ったんだと思う、
いろんな機能を停止するためのスイッチ。
だって、わたしが泣くか泣かないかはあの子にとってはどうでもいいことで、
あの子は言いたかったことを言い切りしたかったことを実行しすっきりしたのだから。
わたしが泣かなかったのは、あの子のためじゃない。
自分が壊れないために、止めたのだ。

「起きてしまったことは変えようがない」というのはあの子の弁、
そのとおりだ、これからどうするかを考えて動いていくしかない。
わたしは生きてるし、あの子も生きてる、会おうと思えば会えなくもない。
けれど、もう会うことはない。

あの子がわたしを想うことはない。
たったひとり、いちばん覚えていていてほしい人に、覚えていてもらえない。
その事実がわたしをひんやりと浸食し続けている。
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伝書鳩くじら

qtbrowneyes なんかでもアレだな。今回のイランの件でも米国大統領選でも、多分どんだけユーザー増えてもついったで眺める各国の声なんて一握りの声なワケで、国によっては圧倒的に豊かな地域や階級限定で平均的なその国の国民とは言えなかったりもするワケで

qtbrowneyes 911後の報復受けたアフガンとかアフリカの内紛だらけの国とか、そういうトコロは中にデジタルデバイドな国民がいて外に中の大変さとか発する術さえないワケで。


そうなんだけど。
だから「声を受け取って君の代わりに伝えるよ」と動く者たちがいる。
一握りの声のそのまた一握りの中に、大勢の声が託されてるかもしれない。

それぞれができることをする、というのをやめないことが大切だ。
小さなしずくはやがて大きなうねりとなるはずだから。
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Twitterはくじらの皮を被った怪物

Twittertumblrにイラン絡みのpostがどんどん流れてくる。
Twitterはたしかに世界を変えている。
世界との関わりかたと言ったほうがいいかな。
今やnewsはTVでも報道サイトからでもなくTwitterからやってくる。

そんな大げさなことじゃなくてもたとえば
NStyles : 何かしらの動植物を見かけて写真を撮って、その生き物の名前が知りたいときにGoogleはあまり役に立たないが、Twitterなら正解が見つかる。
のように。
さらには、専門的なことも。
検索するよりTwitterで訊いたほうが、的確な即答が得られる。
助けられたり助けたりを毎日眺めてるし、わたしも恩恵を受けてる。

Twitterは速報性で抜きん出てる。
ほかにもいろんなポテンシャル。
9.11やチェルノブイリの時代にTwitterがあったらどうなってたかな、
なんて夢想したり。(もちろんインフラも整ってる前提で)

なにげなく使ってるけど実は怪物、それがTwitter

わたしはわたしの使い方をする、だけ、だけれどもね。
微笑んだり涙ぐんだりしながら、ゆるふわと夢ぎわ夢見がちに。



 イラン当局がアフマディネジャド大統領再選に対する抗議行動の報道を阻止しようとしているとされるなか、「ツイッター Twitter」にはイランからのメッセージや写真が数多く投稿されている。抗議活動による負傷者や死者とされる写真はツイッターから「フリッカー Flickr」や「ユーチューブ YouTube」などの動画投稿サイトにも転載されている。

 イランから情報を伝え続けようとする人たちによって、ツイッターは国際的な司令センターのように使われている。

「若者が新技術を使うのにともなって組織の階層も崩壊しつつある。政治活動家は、体制側もよりスマートで効率的になっていることに気づく必要がある」(Meier氏)。


イラン反大統領派、「ツイッター」を活用 選挙後の混乱を世界に - AFPBB News

こんなはからいも。

A critical network upgrade must be performed to ensure continued operation of Twitter. In coordination with Twitter, our network host had planned this upgrade for tonight. However, our network partners at NTT America recognize the role Twitter is currently playing as an important communication tool in Iran. Tonight's planned maintenance has been rescheduled to tomorrow between 2-3p PST (1:30a in Iran).

Our partners are taking a huge risk not just for Twitter but also the other services they support worldwide―we commend them for being flexible in what is essentially an inflexible situation. We chose NTT America Enterprise Hosting Services early last year specifically because of their impeccable history of reliability and global perspective. Today's decision and actions continue to prove why NTT America is such a powerful partner for Twitter.


Down Time Rescheduled : Monday, June 15, 2009

 米Twitterは6月15日、同日夜に予定していたネットワークアップグレードのためのサービス停止を、米太平洋時間の16日午後2時〜3時に変更したと発表した。その理由として同社は、Twitterは現在政治的混乱にあるイランのユーザーにとって重要なコミュニケーションツールになっているため、同国での利用が少ない午前1時半にスケジュールを合わせたとしている。

 ここ数日Twitterの「流行のトピック」には「#IranElection」「Tehran」といったイランの大統領選挙や抗議デモに関するテーマが多数並んでおり、#IranElectionは数秒ごとに更新中だ。中には「イラン政府がTwitterを監視しているから、ユーザー名を抜いてつぶやくように」といった注意も投稿されている。

 Twitterは同社のネットワークホストとして2008年2月からNTTコミュニケーションズ傘下のNTT Americaを採用している。Twitterは公式ブログで、同社の方針を受け入れて米国の日中のメンテナンスに応じたNTT Americaの柔軟な対応に謝意を表した。


イラン国民の声をサポート:Twitter、イラン問題に配慮してメンテナンス時間を変更 - ITmedia エンタープライズ
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see you again. goodbye.

少しうつらうつらしながら映画「日の名残り」を見ていた。
終盤、執事と元女中頭とが再会ののち別れるシーン、
ミス・ケントンが「see you again.」といい、
スティーブンスが「goodbye.」とかえす。
どちらも別れのことばだけど、含むものは明確に違う。
じわじわじわじわ効いてきた。


あの子とは会おうと思えば会えないこともない、
などと嘯いているけれど、実際はもう二度と会うことはない。
「じゃあまたね」なんて最初からなかった。

どうしてあの子なんだろう。
どうして終わりにできないんだろう。
どうしてさよならが言えないんだろう。
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とめどなく

ここ数日、じんわり来ることをあれこれ見聞きして、
なんだかよく涙を湧かせてた。
泣きすぎだよなあ、と自分にあきれつつ、
きっとそういうサイクルなんだろうと、自重せず。


「音楽なんて自己満足で十分だ」と熱く叩きつけたそのあとで、
音楽界および周辺に対して延々と文句を垂れてる人がいて、
その行為が興味深かった。
ぜんぜん自己満足してないじゃあないか。
人間とは、やはり自分を認めてほしがる生き物なのだ。
本音が次々こぼれる様は痛々しくもあったし神々しくもあった。
おもしろうてやがてかなしき、と自戒を込めて。


「笑ったり泣いたりがなかなかうまくできないなあ」とつぶやくわたしに
「意外と器用に泣いてそうだけど?」と笑って返したのはあの子だった。
あの子についてだけ、記憶喪失になりたい。
だけどおぼえてる、おぼえてる、おぼえてる。
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